藤川さんと、麻布十番の「月光浴」というバーで飲んだ。
婚約お祝いをしてくれるというので、広尾のイタリアンレストラン「アッピア」
で食事をした後、「もう一軒、行こう」ということになったのだ。
本当は、夜、直樹が実家に来ることになっていたのだけど、
「高校時代の友人と、ばったり会っちゃって、ミニクラス会をやることになったから」
と約束をキャンセルした。
何もうしろめたいことはないので、正直に言ってもよかったのに、
私は、なぜ、嘘をついたのだろう?
やはり、うしろめたいことがあるからだろうか?
バーのカウンターで飲んでいると、不思議な気持ちになって来る。
私は、この人と結婚するつもりだったのに・・・。
こうして、隣に座る藤川さんの横顔を盗み見ると、カッコいいなと改めて思う。
サボテン直樹とは、根本的に目や鼻や口の造作が違う。
速水もこみちと出川哲郎くらい・・・。
「これ、何ていうお酒?」
藤川さんと同じものを頼んだグラスの中身を聞いた。
「アイラ島のシングルモルトウィスキー。
ラフロイグって言うんだ。
この臭さがいいだろう?」
そう言って、藤川さんは目を細めて一気に飲み干した。
私は、これから、このラフロイグを飲むたびに、藤川さんのことを
思い出すんだろうな。
「辞めちゃえよ、結婚・・・」
ぼそっと、藤川さんが言った。
「辞めないよ。
彼のことを愛してるもん」
「今、ここで、俺がプロポーズしたら・・・」
胸がどきどきした。
藤川さんは、酔っているのだろうか?
藤川さんの顔を見る勇気がなかった。
「残念でした。
プロポーズは締め切りました。
でも、ウイスキーって、ロックだと強いね」
私は、そう話題を変えた。
一ヶ月早く言ってくれたら、それが冗談でも大喜びしただろう。
今は、なぜ、だめなのか?
直樹に悪いから?
直樹を愛しているから?
もう、婚約したから?
自分でもわからなかった。
「逃した魚は大きいな」
藤川さんが、空になったグラスの氷をカラカラ鳴らした。
店を出て、タクシーを拾う時、藤川さんがぽつんと言った。
「せっかくの婚約祝いなのに、ごめん。
変なことを言っちゃって・・・。
しあわせになれよ」
藤川さんがやさしく微笑むのが、街灯に浮かんで見えた。
私は、何も言えなくなって、藤川さんの首にしがみついて引き寄せ、キスをした。
ラフロイグの味がした。
そんな自分が信じられなくて、すぐに、タクシーに乗り込み、後ろを振り返らなかった。
私って、魔性系?
なわけないか!
それにしても、男って、どうしてこうなんだろう?
私は腹が立ちながら、指先で自分の唇を触った。
