どどこ
本来、“圭子”なのだが、
『土』2つで“どどこ”と呼ばれている
弱小編集プロダクション勤務。29歳。
好きなブランド:「ルイ・ヴィトン」
休日の過ごし方:友達と会う。DVDを観る。本を読む。
今、ハマっていること:水泳。
スポーツジムで習っている。
来年の夏までには、クロールで泳げるようになりたい。
| S | M | T | W | T | F | S |
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
翌日になって、直樹から何度も電話がかかって来たけど、無視した。
“こちらに非がある時は、むしろ、徹底的に強気に出るのだ”と、いつだったか、
事務所のお局様の平田さん(43歳、独身、趣味は俳句)に言われた。
まあ、平田さんは、そのせいで、男よりも俳句を取ったのかもしれないけど・・・。
ここで、直樹に媚びてしまったら、結婚後のイニシアチブを握られてしまう。
天下分け目の一戦なのだ。
そうこうしているうちに、突然、直樹が事務所にやって来た。
以前に、ビルの前までは迎えに来て貰ったけど、スタッフに顔を晒すのは
初めてだ。
「圭子のフィアンセです」なんて名乗るものだから、
みんなから「おめどとうございます」なんて祝福を受けている。
恥ずかしい。
一応、みんなにはイケメンって言っておいたのに・・・。
パステルの箱を提げて、「よっ!」と私に笑顔を見せた。
本人は、小池鉄平ばりの笑顔を見せているつもりなのだろうが、どう見ても、
朝帰りの親父みたいだ。
「じゃあ、Gホテルにしようよ」
直樹は、業務連絡のように言った。
私は、なんだか、腹立たしくなって、「T&Gに決めたから」と言ってやった。
本当は、どっちでもよかったんだけど、思わず言ってしまった。
私は、わかっていた。
直樹に怒っているんじゃなくて、自分に怒っているんだ。
「そうだね。
ハウスウェディング、流行だもんね」
直樹は、私の機嫌を取るように言った。
やさしい奴だ。
私が今まで、愛したどんな男よりも・・・。
もちろん、藤川さんよりも・・・。
直樹が、もし、藤川さんだったら、婚約した私の気持ちを迷わせるような
ことをせずに、「おめでとう」とだけ言って、姿を見せないだろう。
私を困らせないように・・・。
直樹を選んでよかったと思った。
私は、そんな気持ちとは裏腹に、直樹に言った。
「仕事場には来ないでよ」
私は、そう言えることに愛の喜びを感じていた。

会場をGホテルに決定しようかと、直樹の携帯に何度もかけているのに繋がらない。
留守電にも残しているのに・・・。
いい加減、頭に来て、「30分以内に連絡がつかなければ、婚約を解消します」と
メッセージを入れたら、それから5分後にかかって来た。
罵声を浴びせてやろうと思ったら、直樹の様子がおかしい。
逆ギレしているかのように、不機嫌だ。
温厚な性格の直樹にしては珍しい。
初めて、噛み付いた子犬のようだ。
「なんか、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
事務所があるビルの非常階段に出て、私が言うと、直樹が言い返した。
「元彼に会ったろ?」
がび~ん!
何で知ってるんだろう?
私の頭のパソコンが高速でデータを検索した。
知り合いに目撃されたのか?
そもそも、私が藤川さんと付き合っていたのを、なぜ、知ってる?
私は、自分の劣勢を否定するように言った。
「馬鹿じゃないの?」
答えにならないことはわかっているが、こういう時はまともに答えていたらだめだ。
「麻布十番のバーで飲んだろ?」
やはり、月光浴で誰かに目撃されたのか?
「何のこと?」
「高校時代の友達とばったり会ったって言ってた日だよ」
「そうよ、彼は高校時代の友人だもん」
「おまえ、女子高だろう?」
「女子高だって、男の友達くらいいるわよ」
「だったら、そう言えばいいだろう?」
そこで、私はピンと来た。
その男が“元彼”ってことまでは、バレていない。
直樹は、鎌をかけているだけなのだ。
そうとわかれば、話は簡単だ。
「くだらない」
私は、そう吐き捨てるように言って、携帯を一方的に切った。
愛とは、信じさせることなのだ。

結婚式の招待客リストを作らなければいけない。
もちろん、私の分だけ。
直樹が40名、私が35名の予定だが、考え始めたら、誰を呼んで誰を呼ばないかの
判断が難しいことに気づいた。
女同士というのは、呼ばれた、呼ばれないで、今後の人間関係に響くからね。
新婦は、普通、まず、親友からリストアップするらしいのだが、私は、以前にあげた
“ご祝儀回収リスト”を開いた。
携帯で直樹にも、「招待客リストができた?」と聞いたら、「今、仕事中」とあっさり
切られた。
おいおい、仕事中なのは、あんただけじゃないんだよ。
私だって、事務所のパソコンで「金沢の旅特集」の“ごりの甘露煮”の原稿をチェック
している振りをしながら、リストを作っているんだよ。
デスクで鼻毛を抜いている上島竜平似のK編集長を見たら、たかだか、十一人の
この事務所の誰までを披露宴に呼ぶかという問題が重くのしかかって来た。
いっそのこと、全員、二次会だけ呼ぶか?
昔の男は、どうする?
藤川さんは、招待状を出したら来ちゃうだろうな。
だって、金屏風の前で招待客をお見送りする時、何て声を掛ければいいか、
わからないもんな。
まあ、普通は呼ばないか?
でも、ちょっと、しあわせも見せ付けたい気もする。
今更、私の美しさに気づかせて、後悔100%の顔で「おめでとう」と
言わせてやりたいぜ。
そうそう、あいつは来るんだろうな。
直樹の後輩。
あいつと一回、過ちを犯してしまったことを直樹は知らないから。
気まじい~!
女も29年も生きてりゃ、そういうこと“懺悔もの”もあるよね。
あ、あいつの家にピアス忘れて来たままだ。
結婚式の当日、持って来て貰おう。

あれから何回か、携帯に藤川さんからの着信があったけど無視した。
それは、もしかしたら、普通の用件だったかもしれないのに、私には
電話を取る勇気がなかった。
今度、「結婚なんか辞めちゃえよ」と言われたら、自分はどうするだろう?
この間と同じように、冗談まじりに断れるだろうか?
いや、自信がない。
むしろ、藤川さんへの思いが再燃して、私の方から「会いたい」と言って
しまうだろう。
でも、私は、29歳だ。
そのかすかな光を頼りに森の中へ歩き出すことはできない。
もう遠回りはできないのだ。
私は直樹と結婚し、子供を大急ぎで二人産まなければいけない。
ふと気づくと、私は、また、唇に指先を当てていた。
直樹がお気楽に『キューティーハニー』を歌いながらやって来た。
「倖田來未はいいなあ。
色っぺえよな」
うちの近未来ハズバンドはしあわせだ。
おそらく、悩みというものがないのだろう。
言い方を変えれば、馬鹿だ。
ここで全未婚の女性に結婚の格言。
「遠くの素敵な人より、近くの馬鹿」
さらに、直樹は全くストレスを感じていないつやつやした顔で言った。
「結婚式場、決まった?」
その瞬間、私は殺意すら覚えた。
すべて、私にやれってのかい?
直樹が、いつもよりサボテンに見えた。
私の中では、六本木のGホテルかハウスウェディングのT&Gかに
絞り込まれていた。
「どっちがいいと思う?」
「やっぱり、Gホテルじゃないの?
有名だし・・・」
「でも、Gホテルは貸切じゃないし・・・」
「じゃあ、ティーアンド何とかは?
ハウスウェディングは流行だし・・・」
「でも、T&Gは、ちょっと高いんだよね」
ある男性が言っていた。
『二者択一で聞かれた時、どっちがいいと答えても、女は文句を言う』
その通り、私は直樹がどちらを勧めても文句を言っていた。
♪ だって、だってだって女の子なんだもん。

藤川さんと、麻布十番の「月光浴」というバーで飲んだ。
婚約お祝いをしてくれるというので、広尾のイタリアンレストラン「アッピア」
で食事をした後、「もう一軒、行こう」ということになったのだ。
本当は、夜、直樹が実家に来ることになっていたのだけど、
「高校時代の友人と、ばったり会っちゃって、ミニクラス会をやることになったから」
と約束をキャンセルした。
何もうしろめたいことはないので、正直に言ってもよかったのに、
私は、なぜ、嘘をついたのだろう?
やはり、うしろめたいことがあるからだろうか?
バーのカウンターで飲んでいると、不思議な気持ちになって来る。
私は、この人と結婚するつもりだったのに・・・。
こうして、隣に座る藤川さんの横顔を盗み見ると、カッコいいなと改めて思う。
サボテン直樹とは、根本的に目や鼻や口の造作が違う。
速水もこみちと出川哲郎くらい・・・。
「これ、何ていうお酒?」
藤川さんと同じものを頼んだグラスの中身を聞いた。
「アイラ島のシングルモルトウィスキー。
ラフロイグって言うんだ。
この臭さがいいだろう?」
そう言って、藤川さんは目を細めて一気に飲み干した。
私は、これから、このラフロイグを飲むたびに、藤川さんのことを
思い出すんだろうな。
「辞めちゃえよ、結婚・・・」
ぼそっと、藤川さんが言った。
「辞めないよ。
彼のことを愛してるもん」
「今、ここで、俺がプロポーズしたら・・・」
胸がどきどきした。
藤川さんは、酔っているのだろうか?
藤川さんの顔を見る勇気がなかった。
「残念でした。
プロポーズは締め切りました。
でも、ウイスキーって、ロックだと強いね」
私は、そう話題を変えた。
一ヶ月早く言ってくれたら、それが冗談でも大喜びしただろう。
今は、なぜ、だめなのか?
直樹に悪いから?
直樹を愛しているから?
もう、婚約したから?
自分でもわからなかった。
「逃した魚は大きいな」
藤川さんが、空になったグラスの氷をカラカラ鳴らした。
店を出て、タクシーを拾う時、藤川さんがぽつんと言った。
「せっかくの婚約祝いなのに、ごめん。
変なことを言っちゃって・・・。
しあわせになれよ」
藤川さんがやさしく微笑むのが、街灯に浮かんで見えた。
私は、何も言えなくなって、藤川さんの首にしがみついて引き寄せ、キスをした。
ラフロイグの味がした。
そんな自分が信じられなくて、すぐに、タクシーに乗り込み、後ろを振り返らなかった。
私って、魔性系?
なわけないか!
それにしても、男って、どうしてこうなんだろう?
私は腹が立ちながら、指先で自分の唇を触った。

「3月12日のキャンセルが出ました」と、某ホテルの婚礼担当から、
電話があった。
その日は、“友引”。
何をしても、勝負がつかない日だそうで、朝晩は吉だが、昼は凶だって。
「お葬式を出すのは忌む日なんですけど、結婚式は問題ないです。
むしろ、“友を引く”ということで、“大安”より好む方が多いです」
「でも、昼は凶なんですよね?」
「あまり、みなさん、気にされていないようですけど・・・」
婚礼担当の営業トークに引っ張られて、とりあえず、仮予約を入れてしまった。
仕事の合間に事務所を抜け出して、予約金を入れに行こう。
120日前までにキャンセルすれば、予約金は返って来るらしい。
でもなあ、“友引”がどうのこうのという以前に、もう、誰かがキャンセルをした日
だっていうのが気になるなあ。
まあ、直樹のプロポーズも、私にとってのキャンセル待ちみたいなものだったからね。
(ちなみに、直樹は、私がこんなブログを書いていることを知らない)

式場選びは、難航している。
一番の問題は、いい日取りは、予約がいっぱいだっていうこと。
私は、別に、仏滅だろうが、13日の金曜日だろうがいいんだけどね。
外野がうるさい。
つくづく、結婚っていうのは、二人でするものではなく、
関係者一同でするものだと思う。
パークハイアットの宴会場を見に行ったら、気後れしてしまった。
係の人は、とても親切に説明してくれたのだが、
こんなに素敵な式場にうちの両親は似合わない。
しかも、父親の熊本の兄、私の伯父は、きっと、祝いの席で黒田節を
舞うに違いないし・・・。
想像しただけで、めまいがする。
今になって、直樹は、仲人を立てないとまずいと言い始めた。
“仲人”ってのは、お見合い結婚だけじゃないの?
「部長夫婦にやって貰った方が、後々、いい」
まあ、直樹の出世が懸かっているなら、それも仕方ないけど・・・。
でも、その部長がコースから外れたらどうするんだろ?
しあわせなような、いらいらしているような、これって、
夢にまで見たマリッジブルーって奴?
不安定な気持ちを落ち着けるために、エステに行った。

結婚までにきれいになるって?
間に合わんだろ?
銀座の「三笠会館」で、直樹の両親とうちの両親と会食した。
予約する時に、「和食とフランス料理とどっちがいい?」
と直樹に聞かれたのだが、「そりゃあ、両家の初顔合わせと言えば、
フランス料理でしょ?
家を出る時、父親の岩男は、「あらかじめ言っておくが・・・」
と切り出したので、何か、シビアなことを言うのかと思ったら、
「かたつむりは食えんぞ」と言った。
岩男は、フランス料理=エスカルゴだと思っている。
「殻に入ったなめくじだと思えばいいじゃない?」
と言ってやったら、余計、ブルーな顔をした。
母親の敏子は、「フォークとナイフがいっぱい出て来るんでしょ?
間違えたら、恥ずかしいわ」と心配していたので、
「最近のフランス料理は、フォークとナイフを使いやすいように、
給食の時に出る先割れスプーン1本なのよ」と嘘を言ってやった。
というわけで、フランス料理「榛名」の個室で、私たちは、顔合わせした。
・・・気まずい。
話が盛り上がらない。
直樹に目で「何か、口火を切りなさいよ」と合図したら、直樹が言った。
「アスベストは、大変ですよね」
おい!
婚約後の初顔合わせに、アスベストの話題かよ!
直樹は、いい奴なのだが、空気が読めない。
「理科の実験でも、石綿金網がなくなりましたからね」
岩男が答える。
「政府の対応が遅すぎますな」
直樹の父親が言う。
「だって、ずいぶん、前から体によくないってわかっていたんですよね?」
敏子が口を挟む。
「まあ、なかなか規制できない事情があったんでしょうね」
直樹の母親キルトちゃんが難しい顔で言う。
ちょっと、待ってよ。
これから、家族になろうって、大切な時に、直樹や私の人となりに
ついてではなく、アスベストかよ。
しかも、三笠会館の「榛名」のおいしいフランス料理を食べながら・・・。
「それより、巨人の監督、誰になるんだろう?」
私が無理に話題を変えようとしたら、また、フォークとナイフの音だけが
響く静寂が訪れた。
『ゼクシィ』を開いて、直樹と“第一回式場選び会議”をやった。

私が夢にまで見た至福の時間に、直樹は足の爪を切りながら、
うわの空で聞いている。
「足の爪がどんなに伸びたって、間に合わないことはないけど、
結婚式場は、早く、決めないと何も進まないだしょ」
あまりの怒りに、思わず、語尾が“だしょ”になってしまった。
「やっぱり、ホテルが無難じゃないの?」
「無難って何よ?」
「冒険したいの?気球に乗ってとか、スカイダイビングしながらとか、
競馬場で馬車に乗ってとか・・・」
頭に来たので、直樹のコーヒーに、『おばあちゃんのぽたぽた焼』を
入れてやった。
誰が、気球に乗ったり、スカイダイビングしたり、馬車に乗ったりしたいものか!
いつか、子供に、私たちの結婚写真を見せてとせがまれた時、
そんなこっぱずかしい思い込みの姿を見せられるか?
結婚式は、一生に一度なのだよ。
少なくとも、今の段階ではそう思ってる。
ハウスウェディングって、どうなのよ?
ホームパーティーが似合わない人種だからね、日本人は・・・。
プール付きの邸宅ってのもねえ・・・。
一歩間違えると、逆に貧乏くさいし・・・。
やっぱり、ホテルかな。
何しろ、この日のために、私は守銭奴になって来たのだ。
金ならある。
と言っても、300万ちょっとだけど・・・。
直樹は、57万しか貯金がないとほざいている。
この男は、私の財産目当てか?
双方の親から、100万ずつせしめれば、かなり、
豪華な結婚式&新婚旅行が可能だ。
妹の陽子は、「お姉ちゃん、新居にもお金がかかるのよ」と言うが、
そんなものはどうでもいいのだ。
黒人だって、ハーレムに住みながら、キャデラックに乗ったり
するじゃないか?
新居は、直樹のボロマンションで、全然、構わない。
結婚後、「お近くにお寄りの節は・・・」と案内を出したって、
本当にやって来る奴などいないだろう。
女は、結婚式にすべてを賭けるのだよ。
西新宿のパークハイアットか六本木のグランドハイアットか
汐留のコンラッドなんかいいんじゃないか?
直樹が、隣で、ひとつ、あくびをした。
朝から友達に電話をかけまっくった。
「元気?別に用ってわけじゃないけど・・・」
そう言って、しばらく、世間話をした後、
「あっ、そうだ。
今度、結婚することになってさ・・・」
そう切り出した時の、未婚女たちの絶句に優越感を感じたね。
今まで、私が味わって来た“取り残され感”を味わうがいい。
もう、クリスマスイブに「和民」で飲みながら、
「クリスチャンでもないのに、クリスマスを祝うってのはどうよ?」
なんて負け会話しないもんね。
昔の男たちにも電話した。
「ちょっと、待てよ」
そう言ってくれる男が一人くらいいるかと思ったら、みんな、
「よかったなあ。俺、心配してたんだ」と言った。
心配してたんだったら、私を嫁にしろっての。
藤川さんにも、「結婚式に来てね」と言ったら、
「俺が行けるわけないだろ?」と言われた。
奴は、まだ、私を愛しているのかもしれない。
私より仕事を取った罰ね。
うふふ。
「じゃあ、どこかのレストランでお祝いしてよ」
「いいよ」
そして、しばしの無言。
何か、起きちゃったりして・・・。
そうだ、藤川さんから貰った指輪とか、昔の男に貰った腕時計とか、
どうしよう・・・。
2ショットの写真は、処分したけど、プレゼントものはそのままにしてある。
まあ、いいか。
物に罪はないもんね。

来週の土曜日、銀座の三笠会館で、向こうの両親とうちの両親と私と直樹で、
食事をすることになった。
儀式って、奴ね。
ああ、面倒だ。
だけど、階段はひとつひとつ、確実に登っていかなきゃいけない。
うちの母親だけが、妙に張り切っている。
「何を着て行けばいい?」って・・・。
お願いだから、あの熱帯魚みたいなワンピースはやめてと言っておいた。
今回のプロポーズは、直樹のお母様の意見が大きかったと思う。
キルト手芸が趣味のお母様に、
「わあ~素敵!お母様、私にも、教えてください」とお願いして、
この半年、週一回、習いに行ってたから。
妹の陽子は、「そこまでやるか?」と軽蔑した目で見ていた。
そこまでやるよ、女も“年齢の大晦日(29歳)”になればさ。
男は、外堀から埋めないとね。
逃げられないように・・・。
何度か、直樹のお父様にもお会いしているが、
私は全力で、“いい嫁光線”を出し続けたので印象はいいはずだ。

直樹が我が家にやって来た。
普段なら、土曜日に家になんかいない妹の陽子が、うろうろしている。
「藤川さんと結婚するかと思ってた。
サボテンとはね・・・
(陽子は直樹をこう呼ぶ。サボテンに似ていると言うのだ。
つんつんに立てた髪型は確かに、サボテンかもしれない)」
直樹の前に付き合っていた歯医者の名前を挙げるので、
「直樹の前で言うんじゃないよ」と口止めした。
陽子は、まだ、24歳なので、余裕をぶっこいている。
ムフフ・・・。
若さは、永遠ではないのだよ。
直樹は、テレビドラマのように、「お嬢さんを下さい」と言った。
次の瞬間、父親は、信じられない言葉を返した。
「娘は3歳も年上ですけど、いいんですか?」
あり得ない!
「ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」と言えば、
それで契約成立なものを、
父親は、さらに、血迷った。
「ということは・・・・君が37歳の時に、娘は40歳、君が47歳の時に、娘は50歳、
君が57歳の時に、娘は60歳ですよ」と確認したのだ。
あほか!
商品を売るのに、改めて、欠陥であることを言うか?
しかも、売れ残り商品を・・・。
生涯、高校の教師の父親は、真面目すぎていけない。
「『金の草鞋を履いてでも、3歳年上の女房を探せ』って言うじゃない?」と、
母親が言いくるめたけど・・。
金の草鞋を履いて探すのは、1歳年上の女房だっての!
この際、3歳も1歳も、誤差の範疇だ。
結納?
その前に、婚姻届けってわけにはいかんのかね?
私は、ずっと、窓際に座っていた。
光の関係で、美しく見えるからね。
友達の結婚式があるたびに、せっせと積み立てていたご祝儀貯金を
一気に回収してやる。
「人にあげたご祝儀一覧表」
間に合った。
それが、私の正直な感想だ。
昨夜、直樹からプロポーズされた時、感動より先に
ガッツポーズを取ってしまった。
何しろ、来年の3月5日で、私は30歳になるのだ。
三十路!
それまでには、ウェディングドレスを着なければと、堅く誓っていた。
ここの所、飲んだ翌日、鏡を見るのが恐くなっていた。
顔がむくみ、肉がたるんで、顔面ブルドッグ状態になるのだ。
二の腕だって、腰まわりだって、乳だって、
重力の関係で下に落ちて来ている。
早めに、手を打たなければいけない。
2年前、友達の紹介で会った直樹は、二十代、
最後のチャンスだと自分に言い聞かせて来た。
この人を逃したら、高齢出産にまっしぐらだ。
そう思って、じわじわ真綿で首を絞めるように、
直樹に無言の圧力をかけたおかげで、遂に、念願のプロポーズをされた。
用賀のデニーズで、
『知床鶏の唐揚げみぞれ和え』
を食べながら、ふいに、直樹は言った。
「結婚しようか?」
ありきたりの言葉だったので、少し、拍子抜けしたけど、プロポーズはプロポーズだ。
気が変わらないうちに、今週、うちの両親に挨拶に来させることにした。